セッション【ネタバレ映画レビュー】|魂の映画!全てを捧げるラスト9分19秒の衝撃!セッションの感想レビュー

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ストイックの極み!魂が震える映画、「セッション」の感想レビュー

みなさま

ようこそ!スガカズの映画レビューのお時間です。

今回はデミアン・チャゼル監督の魂の一作「セッション」です。

いやー!熱い!そして怖い!!!

凄まじいエネルギー量の映画でした。そのエネルギーは正・負どちらのエネルギーも全開なのです。映画全体から発せられるパワーが膨大で、見終わる頃には一汗かいたような爽快感がありました。

なにはともあれ、映画の内容の紹介に入りましょう。

今回はネタバレも多く含みます。まだ見ていない方は、「あらすじ」までにしておいてください。この映画、ネタバレを見てから鑑賞するのは絶対にやめておいた方がいいですよ!!!

セッション・あらすじ【ネタバレなし】

主人公ニーマンは、アメリカ最高峰の音楽学校「シェイファー音楽学校」の一年生。ドラムの才能を発揮するため、日々練習に打ち込んでいました。

そんなある日、シェイファー音楽学校で最高の指揮者として君臨するテレンス・フレッチャーにその才能を見初められます。

フレッチャーのクラスは学校の中でもナンバーワンのエリート集団で、その中で演奏することはニーマンにとって栄誉そのもでした。ですが、クラスに入ってすぐにその熾烈な指導の洗礼を受けることになります。練習の開始早々にフレッチャーの罵倒を浴び、退室をさせられる生徒もいるほどのスパルタぶり。ニーマンも例外なく厳しい指導を受けていくことになります。

これほどの指導に耐え、徐々に成長していくニーマンですが、家族にはその成果を全く評価してもらえていません。

ニーマンの家族は典型的なアメリカ的価値観を持っている家族です。いわゆる「マッチョ思考」なんです。アメフトでクォーターバックになることこそが至高だと。それ以外には価値なんて感じちゃいません。

家族や両親にさえ、音楽をやること自体をあまり良く思われていない中、立身出世する為には自分にはドラムしかない、と音楽家への道をひたすらに歩んで行くことになります。

フレッチャーというキャクターが生み出す緊張感

この映画の核は、フレッチャーの怖さ!!!

フレッチャーが教室に入ってきた瞬間のあの緊張感は、観客にも伝わるほど張り詰め空気感です。さっきまで女の子の話で軽口を叩いた生徒たちも、フレッチャーの前ではまるで別人のようになります。楽器の演奏に全ての神経を集中させ、失敗をしないようにと必死です。

この圧倒されるような感覚が、この映画の核です。フレッチャーというスパルタ教師の存在が、ニーマンの人生を変えていきます。

なんだこのクソ教師!!!クソッタレ!!!

そんな悪態をつきながらも、フレッチャーに認めてもらいたい、偉大な音楽家になりたいという思いを叶えるため、ニーマンも熾烈な猛特訓を重ねていきます。

ほんと、見ているこっちの心が追い詰められるような感じがします・・・。僕も学生時代は運動部に入っていて、よく監督から詰められたものでした・・・。そんな経験のある人は「怖い人に詰められる」恐怖を再体験できるのではないでしょうか。二度と御免な体験だと思いますが(笑

果たして、このフレッチャーの「行き過ぎている」とも言える激しい指導は教師としての愛なのでしょうか?

教師としての愛か?それとも憎しみなのか?

物語中盤、フレッチャーが自分の音楽に対する思いを語るシーンがあります。過去の教え子が交通事故で亡くなり、その彼がいかに偉大な努力家で音楽を愛していたのかを語るフレッチャー・・・。その姿からは、彼の激しい指導が「偉大な音楽家」を生み出すための生徒への愛なのではないか、と思わせてくれます。

ニーマンはこの想いに答えるため、最愛の彼女とも別れてドラムの練習に人生の全ての時間を費やして行きます。それこそ寝る間も惜しんで、手に血を滲ませながら、その演奏技術を研ぎ澄ませていきます。Whiplash「キャラバン」などの有名曲を必死に練習して行きます。

ですが、この凄まじい努力も、ある出来事によってマイナスに展開していってしまいます。

ー以下ネタバレです!末鑑賞の方は閲覧禁止です!ー

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大失敗から、フレッチャーの本当の想いを知るニーマン

チームの全てをかけたコンペへの挑戦、そんな重大な演奏会当日にニーマンは遅刻をしてしまいます。その上、交通事故を起こしてしまいます。ボロボロの状態で当日を迎えてしまうことになります。演奏は最悪、フレッチャーの信頼も失う結果に。ニーマンは演奏を止められ、「偉大な音楽家」への道で、最大の失敗をしてしまいます。

ニーマンは逆上し、ステージ上でフレッチャーに殴りかかります。

地獄に落ちろ!!!フレッチャーめ!!!

フレッチャーを罵り、ニーマンは舞台を降ろされた上で学校を退学とされてしまいます。

フレッチャーも、この事件がきっかけとなり、ニーマンがその指導内容を密告したことで学校をクビになってしまいます。

その後、カフェの店員として働き始めたニーマン。平安ながらも刺激の生活にどこか物足りなさを感じて、鬱屈した生活を送っていました。そんな中、たまたま立ち寄ったジャズバーにて、あのフレッチャーがピアノを演奏をしているところを見かけます。

久しぶりに再会した二人は当時の想いをぶつけ合います。なぜあんなにも熾烈に、激しい指導をしたのか?行き過ぎではなかったのか?問いかけるニーマンに

「自分は生徒に”偉大な音楽家”になってほしいから指導をしている。かつて、演奏中にヘマをやらかした「チャーリー・パーカー」は、「ジョー・ジョーンズ」にシンバルを投げつけられた。しかし、それがパーカーの挑戦心に火をつけて、彼を偉大な音楽家にした。そういう音楽家を育てたい」とフレッチャーは答えました。

「生ぬるく褒めることで、芽のある生徒が「偉大な音楽家」になるチャンスを潰してしまう、第二のチャーリー・パーカーの才能を殺すことこそが悲劇だ」

偉大な音楽家になりたいと願うニーマンは、フレッチャーの本心に少なからず共感していきます。

そして去り際に、フレッチャーから誘いを受けます。新しく指揮をしているバンドが「JVC音楽祭」へ参加すること、そしてドラマーの質が十分でないことをニーマンに伝えます。

「もう一度一緒に演奏をしないか?本物の演奏ができる人間が必要だ」

ニーマンはこの誘いに、迷いながらも乗ることになります。

恩師ともう一度ステージに立てる。それもプロのステージで。

ニーマンの心は高揚していきました。

全てはフレッチャーの巧妙な罠だった!!!

プロのステージに帰ってきたニーマン。

そのステージ上、フレッチャーがゆっくりと歩み寄って囁きます。

「私をなめるなよ、密告をしたのはお前だろう。」

演奏が始まり、ニーマンは愕然とします。始まった曲はニーマンの全く知らない曲だったのです。そう、全てはニーマンの密告から学校をクビになってしまった、フレッチャーの復讐だったのです。

なんという裏切り!そしてフレッチャーという人間が傲慢で自尊心の強すぎる、最低な人間だということがここでわかります。なんと、フレッチャーが涙ながらに語ったあの「過去の生徒の死」も、真実はフレッチャーの行き過ぎたパワハラによる自殺だったことが後になって判明していきます。

フレッチャー最低だな!!!と思わず叫びましたよ。

本当は良い人なんじゃないか?となんとなく思っていた想いを見事に裏切られます。本当にただの最低なやつでした。

当然演奏などできるはずもないニーマン。周りのバンドメンバーからは「ふざけるな、ちゃんと演奏しろ!」となじられながらも、なんとか演奏しようと試みますがフレッチャーが演奏を止めます。

失意の中、ステージを降りるニーマン。舞台袖では、客席で見守っていた父親が待っていました。ニーマンが音楽を続けること自体に良い思いもなく、フレッチャーのパワハラ的指導もあり息子がかわいそうで仕方ないと感じていた父親は

「もういい、もう頑張らなくていい」

と慰めるようにニーマンを抱きしめます。

ですが、ここから物語は急展開、一気にニーマンの怒りが爆発していきます。

全てが覆り、そして昇華する「ラスト9分19秒」

父親の静止を振り切り、ニーマンは再びステージへ向かいます。

勝手にドラムに座り、フレッチャーが観客へ「めちゃくちゃな演奏」の詫びを述べている中、いきなりドラムを叩き始めます。

「お前、なんのつもりだ!?」

フレッチャーはなんとか演奏を止めようとしますが、ニーマンは

「クソッタレ」と一言。

戸惑うバンドメンバーに対して叫ぶように指示を飛ばします

「キャラバンだ!」

 ニーマンの全てをかけた魂の演奏

ライブを完全に乗っ取ったニーマンは、凄まじい勢いでキャラバンの演奏を続けます。そのあまりの迫力にバンドメンバーだけではなく、フレッチャーも演奏について行くしかなくなります。

今までの練習、そしてフレッチャーへの怒り、うまくいかない人生、全てへの想いをぶつけたニーマンの演奏は、次第にプロの演奏のレベルさえも超えていきます。

「偉大なる音楽家」、そして伝説のドラマー、チャーリー・パーカーを彷彿とさせる一心不乱な演奏には、フレッチャーも息を飲む。そう、私怨や憎しみを超えて、純粋にニーマンの「音楽」を楽しみ始めていたんです。

「キャラバン」が終わり、演奏が切れる。この瞬間も終わりが来る。

誰もがそう思った。

しかし、ニーマンの独走はまだ止まりません。

止まらないニーマンのソロ。

取り憑かれたようにドラムを叩き続ける。

そんな姿に、その圧倒的な演奏に、フレッチャーも完全に心酔していきます。あの鬼教師のフレッチャーが、人の音楽家人生を平気で踏みにじるフレッチャーが、ただただその場の、その瞬間の音楽を楽しみ始めていました。

ニーマンの鬼気迫る演奏で、ドラムのシンバルが壊れ、倒れかけときにはフレッチャー自ら直しにかかったほど。

「そのまま演奏してくれ、もっと聞かせてくれ」

そう言わんばかりに、ニーマンの演奏に何度も頷くフレッチャー。

「お前が素晴らしい演奏家なのはわかった。認めよう。一緒に音楽を作ろう」

そういうように、フレッチャーは演奏の指揮を始め、ニーマンもその指揮に合わせはじめます。

憎しみと怒りを超えて、一つの理想を共有する

フレッチャーの指揮に従い、徐々にテンポを落とすニーマン。

二人はその想いを確かめ合うように視線を交わし、笑顔になります。

そう

「偉大な音楽家とお互いに認め合い、素晴らしい音楽の中で生きることの喜び」を共有していったのです。

そして、フレッチャーの合図で急激にテンポを上げ、曲は最高潮に達し、終わりを迎えます。

あれほど憎み合っていた二人のこの表情。

感情を超えた先にある、本当の音楽の喜びを共有する二人には、もうすでに憎しみや怒りはどうでもいいものとなっていたと思います。ただただ、同じ世界で、最高の演奏家と出会えた高揚感だけが残っていったのだと思います。

映画はニーマンの演奏の終わりとともにエンドロールに。

もう最高にかっこいい!!!最後の演奏の凄まじさと、ニーマンを認めざるを得ない、そしてその演奏に導かれるようにして音楽を楽しみ始めるフレッチャーの幸せそうな表情。この映画の全ての苦しみや閉塞感がこのラスト9分19秒で覆ります。

いやー、こんなに気持ちよく裏切られた映画は久しぶりです。本当に素晴らしい映画でした。デミアン・チャゼル監督の手腕には脱帽です。

デミアン・チャゼル監督の実体験

この映画、デミアン・チャゼル監督の実体験に基づいて制作されたそうです。この映画のように激しいパワハラめいた指導は、音楽業界では割とザラのようで、監督ももれなくその激しい人格否定を伴った指導を受けたそうです。

現実では音楽の道を諦め、映画の世界のに進んだ監督ですが、ニーマンの生き様には当時の様々な思いをぶつけたのではないでしょうか。

デミアン・チャゼル監督の次回作、アカデミー賞でも有力候補の「ラ・ラ・ランド」も最高に楽しみになりました。

いやー、良い映画でした。本当に楽しめた。

中盤はあまりにも苦しくて、辛すぎて、見るのもいやになるほどでした。

ですが、ラストの演奏で全てが昇華されていく演出は、までに観た映画の中でも最高レベルに気持ちの良い流れでしたね

ぜひ、「セッション」ご覧ください。

あなたの人生観が変わるかもしれない一作です。

あなた、この映画を見ずにシネマスカ・・・?

それでは!また次の映画でお会いしましょう!スガカズでした。